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| 2004/12/17(FRI) | 『クリスマス プレゼント』 | 船津秀樹さん |
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妻と娘がコンサドーレの熱血サポーターになってしまった。「もう今年は無理だから、来年にしよう。お金払って負ける試合見に行くのは、むなしいよ」「何言ってるのよ。チームがこんな状態だからこそ、サポーターが応援して元気付けるんでしょう」「そうだよ。勝つときだけ行くなんて本当のサポーターじゃないよ。お父さん。」(すみません。お父さんは、本当のサポーターじゃありません。勝ちゲームを見たいふつうのサポーターなんです。) 彼らは、私が行かないとなると、夢プランやテレビの懸賞に応募するようになった。また、宮の沢まで行って無料で練習を見るようになった。「今日は、上里君、監督にほめられてたよ。」「へえ、そんなに強いシュート打てるんだ。」(私なんかは、試合でやれよなと思ってしまう。)娘に夢プランがよくあたるので、妻がB自由席を買って行く。私は家でテレビ観戦。今日も勝てませんね。 第3クール最終戦、娘に無料チケットが3枚届いた。しかもSS席。懸賞の競争率下がったんでしょうね。ビール飲んだかいがありました。「仙台には相性いいよね。お父さんも行くよ。ドームだし」見事勝ちました。砂川のループシュート。「たまには勝て」の垂れ幕に応える久々の勝利。「やっぱり、3人で一緒に応援しないと勝てないんだ。次も行こうね。お父さん」これが二人の神話の始まりでした。 また、娘がテレビ局の懸賞にあたった厚別の水戸戦。柳下監督がサイドラインから清野に何か言う。珍しくいい動きからセンタリング。相川がどんぴしゃりのタイミングでジャンピングヘッド。見事なゴールでした。「今、監督、なんて言ったの」「清野、競争してごらん、相手と競争」「じゃあ、今のは、監督のゴールだね」妻はヤンツーさんのファンなんです。3人で応援して2連勝。「次は」「しばらく忙しいよ。行けても最終戦かな」本当に仕事で忙しいんです。 「これからだと、うまくいってハーフタイムに着くぐらいだけど。行くかい」天皇杯のジェフ市原戦は、室蘭で日曜日の午後でした。テレビ中継がありません。熱血サポーターの二人は大喜び。当日券はちゃんとありました。何やら険しい表情をした人たちがハーフタイムで出てきます。もしや、前半で勝負が決するような大差がついたのでは。スタジアムに入ると0対0というスコアボードが見えました。そしてB自由席には、ジェフの旗。あの人たちは、市原のサポーターだったのか。ぐるっと回ってコンサポ席へ。芝生は冷たかったですが、後半が始まると感じなくなりました。 「愛ちゃん。今年のクリスマス・プレゼントだけど、熊本に行くことでいい。少し早くなるけど」「本当!」声がうわずっていた。「お父さんとお母さん、新婚旅行で19年前行ったんだよ」妻は半信半疑だった。今までも何度となく仕事の都合などで家族旅行が流れていたから。 試合開始30分前にスタジアムに到着。すごく綺麗。B自由席でも、札幌ドームぐらい高いので、ピッチがよく見える。お昼代わりのカロリーメイトを食べていると、道新の女性記者がやってきた。「どちらからですか」「小樽からです」「お父さんがサポーターですか」「いえいえ、この二人です。熱血サポーター。ちょっと早いけどクリスマス・プレゼントです。3人で来ると勝つから。」「今日の試合はどうなりますか」「前半0対0でいけば、勝てるのでは。後半の早い時間に先制して、1対0で勝ちたいですね」「誰が入れますか」「曽田がヘッドで」「名前教えてもらっていいですか」「僕はちょっと、娘は、船津愛。12歳。」 翌日の新聞には、一面に歓喜の写真が。そして、スポーツ欄には、サポーター大感激の見出しの下にこうあった。一足早いクリスマスプレゼントとして、初めてアウエー観戦に訪れた小樽市の小学6年生船津愛さん(12)は「最高です」と両親と抱き合って喜んだ。 そして、熊本は、今の私の歳で7年前に亡くなった権東選手のお父さんの故郷であることが記されていた。お父さんを喜ばせてくれてありがとう。あのゴールは、最高の贈り物でした。 |
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